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札幌地方裁判所 昭和37年(ヨ)335号 決定 1963年4月25日

申請人 坂下邦雄 外三五名

被申請人 第一小型ハイヤー株式会社

主文

申請人らの本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

申請人らは「被申請人は各申請人に対し、別紙債権目録(一)ないし(八)の各該当欄記載の金員を即時に、および昭和三八年二月二一日から申請人らが被申請人のため就労するにいたるまで一ケ月につき同目録(九)の各該当欄記載の金員を翌月二五日に支払え。」との裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

一、紛争の経緯

当事者間に争いのない事実および疏明資料によると、次の事実が一応認められる。

1  被申請人は札幌市内においてタクシー業を営む会社であり、申請人らはいずれも被申請人の従業員で(ただし、申請人森正男、同篠塚忠一、同北岡一朗については、懲戒解雇により従業員たる地位を失つているかどうかについて争いがあるが、その点はしばらく措く。)、かつ被申請人の従業員をもつて組織する第一ハイヤー労働組合(以下組合という。)の組合員である。

2  組合は、昭和三七年二月五日その上部団体である全国自動車交通労働組合(以下全自交という。)の行なう春闘の一環として、職場大会において、金五〇〇〇円の賃上げ、最低賃金一万五〇〇〇円、基本給金二万五〇〇〇円の月給化、外七項目の要求を決定し、被申請人にこれを提示するとともに、右要求についての団体交渉を全自交と中央業者団体との間で行なうことを要求した。しかし、結局右の方式による団体交渉は行なわれないことに落着し、四月七日から組合の要求項目についての被申請人と組合との団体交渉が行なわれたが、同月一四日被申請人は組合に対し前記要求には全面的に応じられない旨の回答書を手交し、その後は数度にわたり団体交渉が行なわれはしたものの双方何らの譲歩を示さなかつた。そのうえ、被申請人が五月初旬組合員の二名に対し懲戒解雇、四名に対し出勤停止一〇日間、六名に対し訓戒処分をしたことにより、団体交渉の議題にも処分撤回の要求が加わり、五月二二日には北海道地方労働委員会の斡旋案を双方が受諾して団体交渉が再開されたにも拘らず、前記賃上等の要求に関する実質的討議がなされないままに推移した。

3  この間にあつて、組合は全自交の指令により、三月二〇日、三月二八日、四月六日、四月一〇日にいずれも二時間ないし三時間の統一時限ストライキを、四月二八日には被申請人の菊水支店において四時間の単独ストライキを決行し、また五月四日、五月八日、五月一四日には明番あるいは全員集会を開催するとともに、処分撤回、団体交渉再開を要求するビラ貼りやビラ撒きを行なつていた。特に、六月一九日にいたり、組合は菊水支店で支援団体を交えて約一〇〇名にのぼる集会を開いた後被申請人の本社社屋に侵入し、事務室を占拠し、なお営業用車輌を被申請人の指揮管理を排して運行させるにいたり、うち八輌は組合の占有するところとなつた。

4  そこで、被申請人は、これに対抗して、六月二二日組合に対し、同日午前九時以降全事業所において無期限にロック・アウトをする旨を通告した。

5  しかしながら、組合はロック・アウト後菊水支店二階仮眠室から寝具を持出し、引続き本社事務室を占拠し、前記八輌の車を運行せしめてその収入を自己の管理の下におき、傍ら菊水、薄野両支店に対して殆んど連日ビラ貼りを決行していた。

このような情勢に対して被申請人は当裁判所に仮処分を申請し、社屋および自動車、車検証、エンジンキーの返還ならびに組合の立入禁止の処分を求めたところ、右手続中において(イ)被申請人、組合は相互にその争議行為をやめ、組合所属の組合員は被申請人の管理の下に正常な業務に従事すること、(ロ)被申請人、組合は今後二ケ月間は一切の争議行為を行なわないこと、(ハ)被申請人、組合はお互に誠意をもつて団体交渉をすること、を趣旨とする和解が成立した。ところが、その後の被申請人と組合との接衝において、無条件に就労すべきことを主張する被申請人と前掲処分撤回等の人事問題を解決したうえで就労すべきことを主張する組合との間に妥結点が見出されなかつたので、被申請人は七月二八日再び組合に対し、同日午後一時以降全事業所につき無期限のロック・アウトを通告するとともに、前同旨の仮処分を申請し、七月三一日本社事務室、自動車、車検証およびエンジンキーの執行吏保管、組合員らの立入禁止等の仮処分決定を得た。

しかして、右仮処分決定は八月四日執行され、本社事務室および自動車に対する組合の占有は解かれたが、車検証およびエンジンキーに関しては組合は見当らないと称して執行吏に対する引渡を拒否するとともに、執行後本社社屋に接着してそのほぼ全面にわたり歩道に天幕小屋を構築した。かくして、現在においてもなお組合は車検証、エンジンキーおよび前記寝具を占有しており、また右天幕小屋は少くとも一〇月初頃までは存置されてあつた。

仮処分執行後も、組合からは就労を要求する書面が被申請人に送られていたが、被申請人はこれに対し車検証等の返還を要求するとともに、まず就労したうえで懸案の問題を団体交渉により解決すべきことを回答し、また被申請人と組合ないしはその上部団体との団体交渉も一二月末までの間に何度か行われたが、前掲のような主張の対立についてはなお妥結点を見出すことができない。

6  被申請人は組合が争議を行なつていることおよび適法にロック・アウトがなされていることを理由として、六月二一日からの賃金を申請人らに支払つていない。

二、ロック・アウトの適法性

1  そこで次に被申請人のなしたロック・アウトが適法なものであるかどうかについて判断するが、その前にまず組合の行なつた前記各行為についてなお詳細に検討する必要がある。しかして、疏明によれば次の事実が一応認められる。

(一) 組合の賃上要求について始めて実質的討議が行なわれた四月七日の団体交渉において、被申請人の質疑に対し組合側交渉委員が満足な応答ができなかつたことから団体交渉は混乱のうちに終了し、組合は要求書を修正して提示せざるをえなかつたし、四月中に行なわれた団体交渉においても、組合側は自己の要求について合理的な根拠を明示して相手方を説得する力に乏しかつた。

このような組合執行部の態度に対し、組合員の中に批判が生じ、四月一二日には遂に三五名の組合員が脱退して、新たに第一小型ハイヤー新労働組合を結成するという事態が生じた。

(二) 組合は、五月四日、五月八日に集会を行つた際およびビラ貼りの際には、勝手に被申請人の営業用車輌を使用した。

(三) ビラ貼りはすでに四月中から行なわれていたが、五月初旬からは本社事務室の壁に一面に貼り、六月九日頃には本社役員室、事務室および車庫の壁、天井、事務机、扉、ロッカー等所嫌わずに貼りつめ、さらに六月一九日には菊水、薄野両支店にも貼り、特にその配車室の窓ガラスに一面に貼りつけて配車指令を妨害しかつ営業車の車体にも貼つて走行したが、右のような行為は七月頃まで繰返し行なわれ、なおその貼られたビラは九月中旬被申請人によつて撤去されるまで存続した。

(四) 六月一九日には、前記のように組合は午前九時頃から菊水支店車庫において支援団体を交えて集会を行なつたが、右の集会を行なうについては被申請人の管理者の許可をうけることなく、しかも集会後引続いて本社社屋に侵入し、事務室を占拠するにいたつた。そして、運行管理者の指揮も受けないで営業車を運行したのであるが、同日から六月二一日にかけての営業収入は極めて少なく、しかも組合付と称して組合用務に多く使用している。右のようにして始められた本社事務室および自動車の占有は、六月二二日のロック・アウト通告にいたるまで継続していたのであるが、なおこの間に組合は本社の社長室をも占拠した。

2  右認定の事実によれば、組合の行なつたビラ貼りは正当な組合活動の範囲を著しく逸脱したものであり、また六月一九日以降ロック・アウト通告にいたるまでの組合の行動は、争議行為以外の何ものでもなく、しかも違法のそしりを免れないものである。

そうとすれば、被申請人のなしたロック・アウトは、組合の違法な行為に対して、これを排除し企業の危殆を防衛しようとしてとられた措置として、まさに適法なものと認めなければならない。しかして、第二組合たる第一小型ハイヤー新労働組合の結成はすでに四月一二日になされており、またロック・アウトが右認定のような状況のもとになされたものである以上、これをもつて第二組合の育成と第一組合の分裂、崩壊を企図してなされたものというべきでないことは明らかである。

3  ところで、当初適法に成立したロック・アウトではあつても組合が争議行為を中止して就労を請求し、その確実性が存する以上は、その時点以後においてなおロック・アウトを継続することは違法であるというべきであるから、この観点からロック・アウト後の情況を検討する必要がある。

疏明によれば、ロック・アウト後組合は被申請人に対してしばしば就労を請求していることが認められるが、しかし前記一5で認定したように(イ)八月四日仮処分執行がなされるまでの間は、従業員の仮眠用の寝具を侵奪し、本社事務室および自動車、車検証、エンジンキーを占有し、支店に対しては殆んど連日ビラ貼りを決行する等の行為を継続し、(ロ)仮処分執行後においては、車検証、エンジンキーおよび寝具を占有し、本社社屋前に天幕小屋を築造し、(ハ)現在においてもなお車検証、エンジンキーおよび寝具を被申請人に返還していないのであつて、右のような情況に照らすと組合の就労請求はその実現の確実性が極めて少ないものといわなければならない。

そうすると、被申請人のなしたロック・アウトは、全事業所について無期限のものではあるけれども、組合の態度が右のようなものである以上、その適法性は現在においても失われていないというべきである。

4  なお、被申請人は、前記認定のように、七月二八日に再度同趣旨のロック・アウトをなしたので、これと六月二二日のロック・アウトとの関係を検討し、あわせてこれらのロック・アウトと訴訟上の和解との関係について言及しておく必要がある。まず、前掲訴訟上の和解について、当事者双方が直ちにその条項を実現しうるものであると考えてはいなかつたことは、一5において認定したように組合員の就労に関する事務的接衝が行われたことから明らかであり、そうだとすれば、接衝の末被申請人において組合の就労の実現が確実であると認めて解除することによつてロック・アウトは始めて消滅するものというべきであつて、被申請人が和解に応じたことによつて当然にロック・アウトが解除されたものとみなすことはできない。そして被申請人がロック・アウトを解除したことについての疏明はないから、前記認定のように和解成立の前後を通じての組合の態度に変化がなかつた以上、当初のロック・アウトは依然有効に存続し、被申請人は殊更新たにロック・アウトを宣言する必要がなかつたものであつて、被申請人が先になしたロック・アウトについてどのような見解をもつていたかには関係なく、後になされたロック・アウトの通告は単に従前のロック・アウトの効果をそのまま維持せしめるものとしての確認的な意味をもつ表示にすぎないと解すべきである。

また、和解条項の実現について当事者双方の接衝が必要とされる以上、その接衝が妥結しなかつた場合には結局和解条項の実現は不能に帰したものとして、その当時の情勢に応じた争議行為を決行することは何ら和解条項に抵触するものではなく、その意味においても被申請人のなした再度のロック・アウト宣言は違法なものではない。

三、被保全権利の存否

叙上判示のとおり被申請人が組合に対してなした本件ロック・アウトは適法に成立し、かつ現在においてもその適法性が失われていないことおよび前記認定の事実に照らして、本件ロック・アウトにより組合の構成員たる申請人らが被申請人に対して労務を提供することができなくなつたことについては被申請人の責に帰すべき事由にもとづくものとは認められないことからして、申請人らは被申請人に対して六月二二日以降の賃金を請求する権利を有しないものといわなければならない。

また、被申請人の従業員に対する賃金の計算は、毎月二一日から翌月二〇日までを単位としてなされているものであることは当事者間に争いがないところであるから、申請人らが六月二一日からロック・アウトの開始された六月二二日午前九時までの賃金については被申請人に対し請求しうるかどうかという問題が残る(六月一九日から組合は実質上ストライキを決行したものと認めるべきことは前記認定のとおりである。)が、かりに請求権があるとしても、右期間の賃金算定の根拠について疏明がないのでその判定をするに由ない。

そうすると、申請人らの被保全権利に関する主張は、結局すべて理由なきものといわなければならない。

四  結論

叙上判示のところよりして、申請人らの本件仮処分申請はその被保全権利の点において理由がなく、また保証を立てしめてこれを認容することも相当でないので、その余の点を判断するまでもなく、失当として却下を免れない。

よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する次第である。

(裁判官 寺沢栄 西山俊彦 東原清彦)

(別紙省略)

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